W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

東京都写真美術館で、写真展「W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー」が開催されています。東京都写真美術館美術館壁面に掲出されている写真は、ロベール・ドアノー(上)、植田正治、ロバート・キャパ(下)の代表作です。東京都写真美術館

会場入口のフォトスポット。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー

展覧会チラシです。

ウィリアム・ユージン・スミス(William Eugene Smith、1918年12月30日 - 1978年10月15日)は、アメリカの写真家です。

日本では2021年に公開された、ジョニー・デップ製作・主演でユージン・スミスを演じた映画「MINAMATA」で、「水俣病」と共にその名を広く知られるようになりました。

第二次世界大戦中にはグラフ雑誌『ライフ』の特派員として沖縄やサイパンなどの激戦地を取材。戦後も同誌を中心に、〈カントリー・ドクター〉、〈慈悲の人 シュヴァイツァー〉、〈水俣〉など、人々の生活に密着した作品を次々に発表し、複数の写真と短い解説文を組み合わせて物語を紡ぐ「フォト・エッセイ」の第一人者として確固たる地位を築きました。

1954年に『ライフ』誌を退いたスミスは、ニューヨーク・マンハッタンのアパート、通称「ロフト」に移り住みました。そこは、セロニアス・モンクやマイルス・デイヴィスをはじめとするジャズ・ミュージシャン、サルバドール・ダリや抽象表現主義の画家たち、ロバート・フランクやダイアン・アーバスなどの写真家まで、時代を担う多彩な芸術家が集う場となり、頻繁に行われるジャム・セッションや交流の様子をスミスは写真に収めました。

本展では、「ロフトの時代」とその前後の作品を中心に紹介し、報道写真家としてだけでなく芸術家としてのスミスの姿に光をあて、以下の5つのセクションで構成されています。

イントロダクション

第1章 偉大な都市

第2章 ロフトの時代

第3章 Let Truth Be the Prejudice

第4章 水俣─報道と芸術の融合

 

イントロダクション

『楽園へのあゆみ 』(1946年)、『アルベルト・シュヴァイツァー 』(1954年)など、代表作が並びます。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

第1章 偉大な都市

『ライフ』誌を退いたスミスは、国際的写真家集団「マグナム・フォト」に参加し、ピッツバーグで約3年間に及ぶ撮影を通して、劇作家や歴史家のように、構造と象徴によって都市の経験を伝えようとしました。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

第2章 ロフトの時代

「ロフト」での生活は、報道的な記録から時間を超えて本質を浮かび上がらせる芸術的表現への転換期でした。窓の外に広がる街並みや日常の断片を観察することで、スミスはジャーナリズムの枠を超えた独自の写真表現を確立していきます。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

スミスが過ごした「ロフト」には、音楽関係や画家、写真家などさまざまな分野の表現者たちが集いました。ロバート・フランクやアンリ・カルティエ=ブレッソンもその中の一人です。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

第3章 Let Truth Be the Prejudice

スミス自身が構成した回顧展「Let Truth Be The Prejudice」(1971年)の一部を再現し、報道と芸術の融合をめざした彼の思想に迫ります。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

第4章 水俣 ─ 報道と芸術の融合

最終章では、社会の現実に深く寄り添う報道性と、ロフトで培われた芸術的感性が交差するユージン・スミスの代表的シリーズ〈水俣〉を紹介しています。

ユージン・スミスと、妻のアイリーン・美緒子・スミス(のち離婚)は、1971年8月に来日し、1974年10月までの3年間、ともにチッソが引き起こした水俣病と、水俣で生きる患者たち、胎児性水俣病患者とその家族などの取材・撮影を行っています。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

水俣撮影時にユージンとアイリーンが使用したカメラが展示されています。
W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

1975年にアメリカで出版されたユージン・スミス、アイリーン・美緒子・ スミス共著の写真集「MINAMATA」も展示されています。出版当時のものです。

「水俣病」は、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀化合物を、魚、エビ、カニ、貝などの魚介類が直接エラや消化管から吸収して、 あるいは食物連鎖を通じて体内に高濃度に蓄積し、これを日常的にたくさん食べた住民の間に発生した中毒性の神経疾患です。

熊本県・水俣湾周辺の水俣病については、1956年(昭和31年)5月に、初めて患者の発生が報告され、1968年(昭和43年)9月、厚生省(当時)は、水俣病の原因物質を「チッソ水俣工場」の廃液に含まれたメチル水銀化合物であると認定しました。 だが、時は遅く、1930年代前半から操業を開始している工場から排出され続けた廃液に含まれるメチル水銀は魚介類の体内に高い濃度で蓄積し、それを食べる多くの人たちの体やその子供たちの体をも蝕んでいました。

今年は水俣病が公式に確認されてから70年。現在も企業と国はその因果関係を完全に認めようとはせず、患者さんたちは苦しみと戦いの中で生きています。アイリーンは現在も水俣病の問題に関わり続けています。

 

本展の図録はB5変型 題箋貼り、192ページで3,300円(税込)です。約120点に及ぶ作品図版のほか、サム・スティーブンソン(ドキュメンタリー作家、『Jazz Loft Project』著者)、室井萌々(当館学芸員)による論考、センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィー、アリゾナ大学が所蔵するアーカイヴ資料などを掲載しています。W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー 東京都写真美術館

W. ユージン・スミスとニューヨーク ーロフトの時代ー」開催概要

開催会場:東京都写真美術館 2F展示室

開催期間:2026年3月17日(火) ~ 6月7日(日)

休館日:毎週月曜日

開室時間:10:00~18:00

観覧料金:一般 700円/学生 560円/高校生・65歳以上 350円 

  ※各種割引あり。詳細は公式サイト

 

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

ランキングに参加しています。下のバナーをクリック(タップ)していただけると、すごく励みになります。よろしくお願いいたします。